2012年8月26日日曜日

NO124 お盆の石巻市内と気仙沼まで


   今年の夏は石巻市内も暑い日が続いていますが、市内は海から風が吹いて
   来てとても住みやすい街です、昨日家の前で千葉から父子の二人旅人に会
   いました。父親の方は南三陸にボランティアで来て見て、震災について又これ
   からの人生を考えて欲しいと思って、中学二年生の息子と夜行バスに乗って
   来たのだそうです、この様に夏休みを利用して多くの家族の方々が石巻市内
   を見て回る風景に合いました、石巻市内を観て回ると空地が多くなって綺麗
   にか片付けられています。津波の跡を残すところが少なくなって来ています。
   空地を観てこれから日本を背負って行く子供たちに震災・津波についてどの
   様に伝えられるのか、石巻市民には震災跡は見たくはないのが本当かと思い
   ます、私もそうです、しかし亡くなった妻や孫の事を思うと、皆さんには二度と
   私と同じ思いをして欲しくない。その為には世界中の人が今回の震災から学ん
   で欲しいと思います、そのために今回遭った親子のに敬意を評します。是非
   石巻に来て実際になぜあんなに大勢の人が亡くなってしまったのか、自分の
   目で見て感じて欲しいと思います。
   千葉から来た父子二人旅の方ありがとうございました。



   石巻市内を歩いていたら街中の立ち木にセミが飛んで来ました、市内でセミを
   見かけたのは今年初めてです。市内にセミが戻って来ました震災後カラスや
   虫がいませんでした、


   石巻市内から島に行く定期船が入ってくる風景を見かけました。網地島・田代島
   を結んでいます、夏になると網地島に会社のレクレーションで海水浴に行った事、
   昔若い時仕事で冬木造船でお客様は私たちだけで波が船の上まで来て沈んで
   しまうのではと思って乗ったことを思い出します。


   石巻市内のビルに壁画が描かれました台湾から来た方々だそうです、私たち
 の幸福を願って描いてくれたのだそうです、市内にはこの様な絵とかボランティア
  グループや支援グループの方々が復興できずになっているビルを活用した
  ショップや復興状況を紹介する展示場にして開放しています、石巻市内は
  この様に市場等と共に少しづつですが賑わいを取り戻しつつあります、石巻
  市内は交通の便が良いからかもしれませんが半島の海岸はまだまだ手の
  つけられない所が沢山あります


   日和山から見える工業港の埋め立て地に作られたガレキ置き場処分場です、
   石巻は震災前にこの様な広大な土地を作っていたので、置き場に助かって
   います、今回の震災で市内に体育館等の避難所になる場所、災害復旧車両
   や物資を保管する場所人が寝泊りする場所等災害が起きたとき自由に使用
   できる広い土地の必要性を感じました。市営運動場・公園その地下に作られた
   水などの備蓄場・避難場の必要性何処の市町村でも考える必要性があります。


  日和山から見える湊小学校方向です、震災前は空き地が無い住宅街でしたが、
  今は昔から空き地があった様に見慣れて来ました。


     石巻市内中央通りの空地です。住宅があった空き地には水溜りと雑草が
     生い茂っています、街中にはこれまでは無かった風景です。


    南三陸町の防災センターです、今日はお盆中なので見学の方が大勢見えら
    れていました、今南三陸町ではこの建物を取り壊すか、保存するかで議論中
    です、私としては今世界中の情報が飛びかう為に古い情報は忘れ去られて
    しまう事があるように思われます、忘れてはいけない大事な事が毎日の色々な
    情報に置き換えられてしまっているように思われます。



     歌津町の国道跡の橋脚が残っています、気仙沼に行くとき何時も何気なく
     海を眺めながら運転したところです、国道は何処に作られるのかな、内陸部
     に作られるのかな。


     本吉町の川に掛かっている気仙沼線の鉄橋です、この町も何も無くなって
      しまっています。ただ空き地だけが有ります、人が住んでいた形跡すら
     有りません。


     気仙沼市内手前にある岩井ヶ崎に行く半島にある気仙沼海洋高校です、
    三階まで津波が届いているのが見えます、どう復興させようとしているのか
    重機が走り回っていました、今後の復旧状況を見守って生きたいと思います。


    岩井ケ崎の先に気仙沼出身の関取の銅像が有りました、石の上に乗っかって
    いる為流されないで有りました、また気仙沼湾の一番先端にあった為波が
    それほど高くなかったのかもしれません。それにしても太平洋震源地に
    向かって構えてる姿は立派でした。


2012年8月21日火曜日

NO123 我が家にもお盆がやって来ました


      昨年の三月十一日から二回目のお盆を迎えることが出来ました、昨年の
      お盆一階はまだ修理していなかったので二階に仮のお盆の飾り付けを皆
      さんに教わりながらしましたが、今年は一人になって何とか飾り付けと毎日の
      お供え料理を作ることが出来ました、子供たちや近所・親類の方が御参り
      に来てくれて、賑やかに過ごす事が出来ました。


 
       今日はお盆の入日十三日迎え火を玄関で焚き、先祖を迎い入れました。
       修理の済んだ一階の茶の間に盆飾りを作りました。


      仏壇を一階の茶の間に作りました、ハスの葉に食事を盛り付け、飾りつけも
      しっかり出来たと思っています、お盆中三日間ハスの葉に料理を作るのが
      大変でした


      この場所は我が家から遠く離れた海に近い向こう岸です、この場所で妻は
      発見されました、日和山から良く見える場所です。今はガレキ置き場に
      なっています。



    お盆朝早く日和山から妻の発見された所を撮影していたら日和山の下に有る
    門脇町の墓地からお坊さんの読経が聞こえて来ました、


       今日はもう送り火盆の十六日です、先祖様が帰っていく日です。我が家も
       寂しくなってしまいます。全国の皆さん石巻に遊びに来てください826日
       に石巻市内で路上音楽祭トリコローレ開かれます、

   
    昨年のお盆は高潮で町の中我が家の裏の側溝にに水が上がってきて大騒ぎ
    をしましたが、今年はポンプや防潮堤が出来て市内に水が入ってこないように
    してあるので安心して生活が出来るようになって来ました。この場所は北上川
    沿いの散歩道路だったところで、地盤沈下のため今ではこんなに水が上がる
    場所になってしまいました。


    この写真は北上川沿いにあった道路で、地盤沈下のせいで元の道路上まで
    水が溢れてこようとしています、今年は上流で大雨が無いので何とか助かって
    います。元の道路の上に現在は防潮堤が出来ています、


        裏の花壇から
    畑に蒔いてあるコスモスのキバナが咲き出しました、ひまわりも咲いています


     ミニトマトもこんなに色づき皮が硬いですが天気が良いせいで甘くなって
     いました隣近所に少しづつですが配ることが出来ました。また新聞にも取り
     上げられ市内では有名な場所になって来ました。来週はトウモロコシが収穫
     できればと思っています。


     この木は幸福木として売られている植物で我が家で昔から茶の間で育てて
     いたもので、昨年の震災後芽が出てこなくて、だめかなと思っていた物で、今年
     になってこの様に新芽が二本出て来ました、何度となく捨てようとしましたが、
     植物のたくましさにバンザイです。又一つ思い出が増えました。

2012年8月6日月曜日

NO122  石巻市川開き 我が家は供養スイカ売りと綿菓子販売を

      昨年の川開きに引き続き今年も仙台の孫とその同級生の力を借りて妻が
      好きだったスイカを販売しました、昨年と同じく山形県は尾花沢のスイカを
      JAの選果場に直接電話して買いにいって来ました、今JAは果物の糖度を
      レーザーを当てて基準以上の果物を出荷しているようです。だから買って
      きたスイカは100%美味しかったです、今年も石巻の川開きでは皆さんに
      とても美味しいと喜ばれました、昨年は切り売りだけでしたが、コップに
      切って入れて売るのが当たり前と言う孫達の意見を取り入れて、コップ
      売りをしました。今年は 7/31 火曜日 8/1 水曜日と平日の川開きの為
      思うように売れませんでしたが、何とか仕入れてきたスイカは40個整理
      することが出来ました。孫達は二日間休み無くスイカの切り売り、綿菓子
      販売の二つに頑張ってくれました、彼女達のお陰で供養川開きを楽しく
      終わらすことが出来ました。ありがとうございます、また孫達の販売に温
      かい目で買ってくれた石巻市民の皆様ありがとうございました。


     7/31 灯篭流しが行われました、今年も家族全員で灯篭に一言書き添えて
     流すことが出来ました、日ごろの生活では言葉には出しませんが何か心に
     思って一年を過ごしてきたようで、灯篭に書く言葉に説得力が有りました、
     今年の灯篭は海からの風が強く北上川に出された灯篭は海に向かって
     流れるのではなく、上流に向かって上っていくようで、私が待っている
     内海橋には流れては来ませんでした。亡くなった妻は海の近くまで流されて
     いったので、今日は流れて行きたく無かったのかな、


     今まではこの場所には竹の七夕飾りが掲げられていました、今空き家が多く
     なり本数の少ない七夕飾りを掲げるよりは、との配慮で今年は行なわれました


     我が家の近くの割烹八幡屋さんのお店が修復が終わりこんなに素敵な路地が
     出来上がりました。少しづつですが石巻の街中は修復されて来ています。それ
     と裏腹に空地も多くなってきています、


    孫が手に持っているのはスイカ包丁です、世の中スイカを切るには専用スイカ
    包丁適材適所の道具が世の中で回っているようです



     今日は二日目の朝、皆は昨晩は遅くまで二階で騒いで(勉強)いました朝早く
     からご苦労様でした。お店の設定手前はスイカ販売、奥は綿菓子販売


     今年の川開きのイベントは我が家のお店のウインドへの落書きです、前日に
     孫達を送って来た時に、何か子供達が夢中に成れるアイデアは無いか聞いた
     ところ帰ってきた答えがウインドウへの落書きでした、常日頃今は落書きを
     しなくなって来ましたから

NO121 石巻川開き前日の風景

      震災から一年半が経ちました。石巻市内も復興計画が示され、各家庭の
      復興計画が出揃ってきました。市内で若い人がいる家の復興が目立って
      きています、その一方では、復興資金の目処が立たない年寄りの家庭が
      取り壊されたままの空地で雑草だけが茂ってる様に見えます。その中でも
      市内の各町内毎に町興し計画が出揃って来ました。街に賑わいを取り戻
      すためにマンション併用商店や北上川の水を生かした商店街作りなど堤
      防作りと平行して市内がこれまで見たことも無い街に変貌することでしょう。
      楽しみであると同時に年寄りに優しい街づくりを提案していた私にとって
      不安を覚えます。全国の皆さんこれからも石巻から目を逸らさないで注目
      してください。


      石巻市南浜町・門の脇町の朝の風景です空地には雑草が生い茂ってきて
      います。もう直ぐ復興計画に則って開発が進むでしょう。震災の爪あとを
      どの様に残すのか、いや跡形も無く綺麗にして忘れ去るのか皆で考えて
      見ましょう。


     今朝の北上川は風も無く川面に中瀬の木々が写っています、今日も暑い
     一日が始まります。こんな風も無い風景は久しぶりに見ました。


    朝早くから日和大橋を渡って女川・渡波方面に大型建設機械が走って行くのが
    見えます。どの様に復興していくのか私たちは何を望んでいるのか、将来に何を
    残していくのか



     石巻市内古くから有る建物が残ることになって改修が進んでいます、これから
     周りの空地はどの様な建物が建つのかな、楽しみです。もしかして今回の津波
     を忘れて住宅街になって行くのかな。


     上下二枚の写真は市内に復活した割烹です、飲食関係からいち早い修復が
     進んで行くようです。

  

        「街裏の畑の報告」


        ひまわりは成育は遅いですが花が咲き出しました。夏真っ盛りですから


      トマトも赤くなって来ました、大きいトマトは早速カラスに目をつけられ食べら
      れてしまいました。悔しいのでネットを張ってみました。きゅうり・ナスも多く取
      れるようになって来ました。今日のお昼は取れたナスきゅうり・トマトを入れた
      スパゲティーを頂きました。ご馳走様でしたこれからもっと取れることでしょう

      コスモスも咲き出して来ました、一面に咲き出すのを楽しみにして近所
      の奥さんが水を掛けてくれています