2011年11月4日金曜日

NO75 震災8ケ月後の石巻市内復旧状況


       今石巻市内には震災前にやっていたお店が少しづつですが戻って
       きています。しかし大工さんの手配と費用の捻出に時間が掛かりなかなか
       進みません 、そんな時ボランティアさんからお店作りや解体を手伝いたい
       とのお話があり早速お願いすることになりました。その成果写真です。
       今石巻市内各家庭では自分で修理する人が増えており、材料売り場が
       混雑しています。



      この二枚の写真は石巻市内北上川沿いの店舗でお店を早く開店したいが
      予算と大工さんが捕まらなくて悩んでいたところに、ボランティアの方が壁・
      天井を剥がして石膏ボードを貼り付けて塗装まで材料代だけで開店の
      お手伝いしたいとの話があり早速お願いしたものです。あと二週間も
      すれば酒屋さんが開店できると思います。


     このお店は石巻市内中央でハンバーグの美味しいお店になる予定です。
     震災前は近くで開店していましたが津波ですっかりだめになってしまい、
     ボランティアさんの手作りのお店で再出発します、石巻に来たときには
     ぜひ食べに来てください。


     夏ひまわりのプランターが市内に、ボランティアの皆さんによって配られて、
     町の中に潤いを作ってくれていましたき。今回はパンジーの花とチュウリップ
     の球根を配ってくれました。街中が綺麗になってきました。


       漫画間前の北上川に沈んでいる船等の引き上げ作業が始まりました。


      
        我が家の裏の解体現場です、後二日もすれば綺麗になりそうです。

NO74 震災を受けた石巻市内の秋

  
        11月石巻秋の風景、震災後7ヶ月も過ぎ市内には落ち着きが出て
        きました。市内は解体された木材を運ぶトラックが走り回っています。
        市内には解体待ちの住宅が沢山あって市内は大変にぎわっています。


     北上川沿いの風景です、遠くに見えているのが石巻大橋です。石巻市民は
     この北上川の川面と共に生きてきました、市内に水があふれて来た時も、
    干潮になれば水が引くからそれまで我慢を。しかし今回の震災の影響で
     地盤沈下が激しくて市内に水が入ってきます。

   
       市内内海橋から眺めた紅葉で赤みががかっている木々は桜です前にある
       陸地は中瀬で震災前は家がありました。



       石巻市内北上川沿いの民家が立ち並んでいた地区です、今は綺麗に
        整理されました。これからの利活用はどうなるのでしょうか。

       我が家近くのスナックです、カウンターの上の酒瓶が今も残っていました。
       市内ではこんな状態の場所は少なくなってきました。震災津波の状況を
       見たい人は早くこないと整理されて雑草の生い茂った空き地を見るだけ
       に成ってしまいそうです。


        内海橋の下北上川に沈んでいる船を引き上げる作業が始まりました。



            借りている駐車場から見える今日の石巻の街中風景です

2011年10月30日日曜日

NO73 石巻市内の解体とボランティアさんによる修理


       石巻市内の震災による崩壊している建物の解体作業が急ピッチで進んで
       います。町のいたるところに空き地が目立ってきました。これからどうする
       のでしょうか、商店でも作るのでしょうか、今石巻市内特に町の中の人工は
       減って来ています、何とか住む人を増やす方法は無いものでしょうか、住む
       人々が増えれは商店街は活発化し、病院も出来てくるのではないでしょうか。
       こんなアイデアはどうかな、石巻の海岸に住んでいた人々の居住区、老人
       ホーム・マンション等。市内で二階以上に逃げて亡くなった人はいないの
       ですから。どうでしょうか。


     ボランティアの方々が店舗復旧支援のため、水に浸った壁などの解体とその
     後の水洗いをして、石膏ボードの貼り付け・目地のパテ埋め最後に塗装
     そして絵を描く等をしてくれています。出来上がりが楽しみです。


      この写真は石巻市内、北上川の中瀬公園にあるボートと遊具です。半年
      以上見てくると見慣れた風景と成ってきて違和感がなくなってきます。周り
      があまりに綺麗に整理されているので。


        こんなに広々とした土地が町の中に沢山あります。今後の活用を皆で
        考えています。


      我が家の隣のお家の解体が進んでいます。津波が家の中を通りすぎて 
      行きました。今週末には綺麗に整理された空き地が出来てくるでしょう。
      益々寂しくなってきます。


     我が家の台所です、妻の自慢の台所でした2007.11.29に工事が完了したも
     ので、まだ保障期間内ですが震災は保障されないでしょうね。でも今回も前と
     同じ福島の松下電器に頼むつもりです。妻が信頼していた業者さんですから。

2011年10月23日日曜日

NO72 店舗修理にボランティアが頑張っています・雨の日の日和山から・台湾から義援金が届きました

   
      土日になると天気が悪くなってくるこの頃ですが、石巻市内も活気が無い所
      にもっと静かな町になってしまいます。その中でも早く店舗を開店しようと
      頑張っている年寄りがいます。また台湾から支援の義援金が届きました。
      ありがとうございます。 
      写真は有りませんが我が家にも修理に大工さんが11月中頃から入ることに
      成りました今日二回目の打ち合わせをしました。年内中に完成できれば良い
      と思っています。

     知り合いのお店が開店に向けて動き出しました。年寄り二人での再出発です。
     どのように修理するか相談しているところにボランティアの方が、店舗開店に
     向けて修理の手助けをしたいとのお話があり願ったりなのでやっていただく
     ことにしました。津波に天井まで水に浸った建物ですが綺麗に剥ぎ取って
     柱を水洗いまでしくれました。この後天井張りと壁にボードの貼り付けペンキ
     塗りまでしていただく予定です。計画より早く開店できそうです。今後開店
     まで皆様に報告していきたいと思います。

       雨の日石巻市内にある日和山から南浜町・門脇方向の写真です。天気の
       良い日と違って町全体が涙で曇っているようにぼやけて見えました。   

 
          こちらは市内中瀬公園、空き地の水溜りがいつもより公園を
          狭く見せています。    

     台湾の仏教会から慈済基金が石巻の被災者の方に届きました。このように
     世界中から色々な形で私たちは、今助けていただいています。一日でも早く
     復興し支援していただいた皆さんにお返ししたいと思います。どのような形で
     返せるかわかりませんが、今は唯早く復興で出来るように頑張るだけです。

2011年10月17日月曜日

NO71 二週間ぶりです、ご無沙汰しました

二週間ぶりにブログを書いています。10月8.9.10日の三日間は福島・
宮城・岩手の被災地に対して三重県鈴鹿市で行われる自動車のレース
F1の招待が当たり 孫と一緒にレースを楽しんで来ました。
なぜ鈴鹿のF1のレースに応募したかと言うと鈴鹿には、20年位前に
子供達は大きくなり、3年程転勤で震災で亡くなった妻と二人で過ごした
思い出の場所が有るからです。

10月16日は町内で一番年配のおばちゃん三人組みと福島の秋を楽しんで
きました。朝は雨でしたが、福島に近づくにしたがって晴れてきて午後には
汗ばむほどの良い天気に見ぐまれてきました。一緒に行ったおばあちゃんは、
震災後から私に何時も声を掛けてくれて励ましてくれた方々です。震災のあと
片付けが、一段落したら温泉に行こうねと話して来て頑張ってきた仲間です。
腰の曲がったおばあちゃん三人組ですが町内で一番元気です。
行き先は福島にしました、福島は妻と13年過ごした所で、今は原発の放射能
で温泉地はピンチと聞いたからです。
       
               
                 福島頑張れ石巻も頑張っているぞ。

 


吾妻小富士に行く道路から見えた紅葉がとても綺麗でおばあさんたちは
とても感激していました。赤色の木が多くて山がとても綺麗でした。



ここは福島吾妻総合運動場の銀杏並木です、まだ少しイチョウの黄色
には早いですがとても綺麗でした。


福島市中野不動尊で震災で亡くなった方の冥福をお祈りしてきました。



       この鈴鹿サーキット第一コーナー立ち上がりからS字カーブまでの上りの
       ところに招待された人の席が用意されていました。一番面白いところで
       レースカーの爆音の凄さにビックリしてきました。


       この写真はスタート直後の第一コーナーの様子です。スタート直ぐなので
       車が沢山見えています。


      
     日本中から車のレースが大好きな人々が集まってきています。鈴鹿にいる時
     に妻と一緒に身に来たことが有りました。妻もそのときは、わくわくした顔をして
     いたことを思い出しました。


     二十年前に転勤で鈴鹿で過ごした研修センターの入り口です、戦争当時は
     海軍の航空基地があったところで、会社に入った昭和四十四年にはまだ戦争
     当時の建物がありました。今では下の写真の桜並木と入り口にある建物が
     残っています。



No70 石巻市内が綺麗になってきました 


      石巻市内震災で壊れた建物の撤去作業が進み、私の家の周りも空き地が
      増えてきました。私も大工さんが捕まらないので、実家の山形から従兄弟の
      大工仲間を連れて来る事にしました。我が家を直してから石巻市内の被災
      した家を寒くなる前に改修を手伝ってもらおうと思っています。 


        大型重機が壊れかけた家々を粉々に砕いて行ってトラックに載せて
        運ばれていきました

     
     全国からボランティアの車が市内を走り回って私たちを手伝ってくれています。
     今ではこのように町は綺麗になってきました。


       震災で滅茶苦茶に壊れた家が続いていたところも二日もするとこのように
       綺麗になってきました。


    綺麗に片付けられた空き地が待ちのいたるところに見受けられます。これから
    この空き地をどのように復興させて行けば良いのでしょうか。せっかく家を作って
    も津波が繰るのではと思うと考えてしまいます。でも津波に負けたくは有りません
 
            私たちには将来を託す若者がいるのですから。

     
    街中の壊れた家を解体してくれる人々です、トラックのナンバーを見ると全国
    から駆けつけてくれているボランティアの人です。

2011年10月8日土曜日

NO69 秋晴れの 石巻市内の朝


    朝晩冷たくなってきました、今日の朝は風も無く穏やかな風景を石巻市内は
    見せてくれています。震災の復旧は石巻は進んできています。私も家を
    そろそろ直そうかと思っています、今石巻は大工さんが忙しくて改修工事が
    お願いしても進んでいません、それで私は私のいとこにお願いして、山形から
    大工さんに来ていただくことにしました。私だけでなく周りの方々にも声掻けして
    家の修理をしたい方も一緒にしようかと思っています。

    石巻はこれまで北上川のこの風景の中で過ごしてきました、川面に映し出された
    風景、しかし今は左上のように防波堤が海まで続く川岸にかわっリました。

    市内の有るビルの外壁工事です、中々進みませんが少しづつですが進んでいます。


      兵庫のボランティアから送られたショベルカーが活躍していました。
      ショベルカーの周り一杯に寄せ書きが書かれていました。
        全国の皆さんありがとうございます。


      高潮のたびに水があがってきていた道路に嵩上げの舗装がされました、
      これとポンプによる排水で街中が大潮でも車が通れるようになって来ました。

    右端の線路は石巻から矢本まで走っているディゼル電車の線路で、陸前小野まで
    延長しようとJRは頑張っているそうです。また仙台からの路線経路も海岸から内陸
    に入ったところを、走らせようとまとまったそうです。早く石巻から仙台まで電車が
    直通で走ってくれれは゛石巻から仙台に通勤しようかなあと思っています。