2011年7月11日月曜日

NO25 石巻市 北上町 の風景

  
        震災後二度目の十三浜です、この前は震災後の3月23日で、
        その日の記録には

        「今日は一日とても寒い日 ボランティアで十三浜相川
        他3被災地を廻ってきました。道路の仮復旧が進められて
        いました。また消防団による津波で流された人の探索を
        進めているのが見えました。」

        あれから四ヶ月が過ぎ道路や流された家や車は片付け
        られて広々とした土地だけが見えます。





        右の建物は吉浜小学校・左の建物は石巻市の十三浜支所です。
        道路は綺麗に復旧されています。


            この水門は昔から有り、そう私が始めて見たのは
            昭和44年ころには有ったと記憶しています


          津波で全て流され先の建物の先に十三浜の町が有りました


               すばらしいバランスで建っているお家です


        上と下の写真は一緒の場所です広々とした土地が現れています。
        この町の中の道路は、車が一台通ると一杯になる所でした。

NO24 7月10日 石巻市 橋通り中央の風景 ひまわりが届きました

       石巻にひまわりが届きました、ひまわりの黄色の花が私たちを
       勇気付けてくれます。街中に花が有ると優しくなってきます。見
       えるところは整備が進んできていますが、各家庭の中に捨てな
       くてはいけないものがまだまだ出て来ます。。石巻市内から離れ
       た地域の復興整理も進んできていましたが、これからの街づくり
       構想がどの様に進むのか私はどの様に進めば良いのか、地域と
       どの様に連携していけば良いのか、費用の捻出はどの様にする
       のか考えれば考えるほど不安になってきます。



         石巻市内内海橋を渡る交差点はまだ信号機が直っていません、
         警察の方が暑い昨日の石巻は30度近く気温が上がった中、
         交通整理をしてくれています、その脇を自衛隊の方が現場に向
         っていました。ご苦労様です


           石巻市内に子の様に咲いているひまわりが届きました、
           作ってくれた方の名前や写真が付いていました。その隣も
           ひまわりの種をまいた花壇です。街中に緑が有ると心が
           なごんできます。


          物置の中で水に浸かってしまった物がまだまだでてきます。
          私も概観は終わったように見えますが、壁や一寸した出っ
          張りに泥が乗っかっていてがっかりします。いつまで
          続くのかなぁ・ 「でも負けたくありません空元気かな」


             朝通りのひまわりの写真を撮っていたら朝顔の芽を
             見つけました。大きくなって花をつけてくれますように
            、そこで今日東京からボランティアで石巻に来てくれ
             た女性に会いました、色々話をしていたらバジルの
             種を持っているとのことでしたので、花壇に巻いて
             もらいました。バジルのスパゲティを食べたいなぁ

NO23 宮城県石巻市北上町 白浜 付近

       宮城県石巻市白浜 名前の通り北上川の河口で志津川湾
       と交わるところで砂浜と松林が続いているところで、夏には
       海水浴に人が集まってきていました。また高台にはホテル
       があって眼下に美しい海が見えていたのに。 向こう岸は
       多くの小学生が亡くなった大川です。



            民家は全て流され唯一立っている建物がこの家出した



            ここにも消防自動車が有りました。地区住民を助ける為
            に頑張った姿が見えてきます。言葉が出ません


            砂浜が続いているところが流された車置き場になって
            いました。こんなに広い砂浜では無く、松林が続いて
            いるところでした。とても綺麗な松林と砂浜が続いて
            いるところでした。

              白浜の住宅があったところです。何も無くなって
              しまいました。どう復興すればいいのでしょうか

2011年7月10日日曜日

NO22 南三陸 戸倉 付近

         宮城県南三陸町戸倉付近の風景です、戸倉は石巻から
         神割崎を通り志津川へ行く45号線に続く道路です、神割崎
         を見て津山の道の駅を通るドライブコースを廻ったものです


          車が走っている道路は45号線です。その上のコンクリート
          が見えるところがJR気仙沼線の戸倉駅があったところ
          かと思います。


                戸倉の海岸で見かけた風景です


            戸倉小学校の校庭が瓦礫置き場になっりその裏側に
            有る建物は骨組みだけで建っていました。

NO21 宮城県石巻市北上町 にっこりサンパーク付近

       この場所は三陸道 河北ICで降りて北上川(追波川)の左岸を
       下ったところに有る運動公園近くです。くる途中に北上川の最後
       の橋が有り大川・雄勝へ行く分岐が有りその上流に葦で風景が
       有名な場所が有るところです。この運動公園のテニス場に息子・
       孫たちと来ていました。最後にテニスをしたのは昨年の秋ごろ
       娘と一緒に車で妻が迎えに来てくれたのを思い出しました。


          サンパーク近くの道路わきに消防自動車が置いて有りました。
          きっと津波の時地区住民に早く逃げるように案内して歩くうち
          に流されたものでしょう。運転していた人は助かって欲しいと
          思います。



           サンパークの中は避難所になっておりそこへ登る道路
           から見えた風景です。




          下の写真はサンパークの道路を登りきったところからの
          風景で私の好きな場所。
          「川向こうに山があり・北上川
                が流れ・水門が有り・田んぼが有る風景」
         
                    心が和む風景があったのに。


NO20 日和山から眺めた石巻 中瀬・門脇・南浜町

       朝に地震が有りその後眠れなくなり、早く日和山に登り朝霧が
       残っている市内を写しました。目が届く市内は片付けられてき
       ましたが、重機でないと片付けられない物が有るところは残って
       います。これらが片付いた後の復興をどうするのか、どの様な
       町が出来るのか、ただ私が思うのは年寄りに優しい町を作って
       欲しいと思います。年寄りに優しい町てどんな町か私は良く
       わかりませんが、私の思いは車が少なく自由に渡れる道路・
       たわいのない会話の有る町 ありがとうが飛び交う町出来れば
       良いですね、出来ればでなく、作りたいです。



          このポスターは日和山神社掲示してあったものです。色々
          な方々が私たちの為に応援してくれています。ありがとう!!
          ありがとう!!感謝・感謝



          石巻中瀬の風景 すっかり綺麗に片付けられ、震災供養の
          川開き会場が出来てきました。






        門脇に残ったお寺周りが片付けられてきました。霧にかすん
        でわかりませんが上の部分は海が続いています


         お寺の左側に日和大橋見え、魚の加工場が有った所 白い
         建物は私立病院です。昨年の秋に病院の脇でハゼ釣りをした
         のを思い出します。




2011年7月9日土曜日

NO19 津波の後片付けが進む 石巻市門脇・南浜町

        門脇・南浜町には昭和44年に就職で始めて親元から離れ
        暮らしたところで、海岸道路は無く、砂浜が続いているところ
        でした。昭和46年に結婚し引越ししました。その後平成3.4
        .5.6年ころ息子は高校から大学、娘は中学から高校への
        時期を過ごしました。海が近く良く海岸通りを矢本や松島・
        反対方向は渡波方向へサイクリングをして過ごしました。
        魚釣りも浴しました。息子にテニスを教わったのは写真に
        有る文化センタの駐車場でした。うさぎを飼って、増えすぎて
        処分に困った事を思い出します。私たち家族にとって大事な
        人生の思いが多く一番大事な時期を過ごした地区でした。



             小学校です。火事が広がり今回の震災でもっとも
             悲惨な場所かと思います


         
           左側に見えるビルの近くに最初住んでいました今は何もかも
           無くなっています。片付けもまだまだこれからです。


            門脇小学校をアップで撮りました、色々考えるとこれ以上
            中には入っていけませんでした。



           南浜町から門脇北上川方向です。左側の手前の木が見える
           ところは日和山へ登り口が有ります



          津波に流された中に残された一軒屋、残ったゆえに哀れ
          見えます。私の家も一階が津波に流されてしまいましたが、
          これからどうしよう?どう修理するか、いっそこそ何もかも
          無くなってしまったらすっきりするのにと思ってしまいます。
          でもこれまでの思い出が一杯詰まっているのが家ですから、
          いなくなってしまった家族の思い出が一杯詰まっている
          からね。元の茶の間に直そう。