2015年2月16日月曜日

NO 179 震災から4年が経とうとしている仙台 荒浜閖上坂元駅

       久しぶりに日中に時間が取れたので、長年の友に逢いその後仙台市荒浜
       から坂元までドライブして来ました、今日は2月11日あと一ヶ月で震災から
       4年が経ちます。石巻は計画に基ずき色々な箱物及び堤防・避難道路・
       復興住宅の建設が進められています。しかし仙台市の荒浜~坂元地区に
       ついては復興の形が見えていません、唯JRの復旧線路の位置が海岸から
       内陸に入った6号線沿いに沿って工事が進められていました。又一番望ま
       れている堤防の工事が着々と進められているのが見受けられました、この
       工事の早さが救いでした。高さについてはいろいろ論議がされますがどの
       高さが又形が良いのかは学者の先生方が研究された結果が反映されて
       設計・建設されていると思っています。皆さん出来上がりを見てください、
       この堤防がこれからの日本を守ってくれるのですから、これらと同じ物が
       日本を一周するのですから



       最初の目的地は荒浜小学校で震災直後は流されたバイク置き場になって
       いましたが、今はこの地区に来て津波などが来たときの避難ビルになって
       いました、震災の記録ビルにするのでしょうか


        荒浜小学校の前を海に向かうと運河沿いに建物がまだ残っていました



        荒浜の海水浴場前から仙台市内を眺めた風景です、三陸道の西側向こうに
        仙台市内のビルが見えます、


      荒浜海水浴場の駐車場前の松林の中に津波で壊された鉄骨が曲がってまだ
      有りました、提簿の工事が進められていました、松が枯れて残っていました、
       震災記念に残すのでしょうか、



     荒浜の海水浴場の前に菩薩様が建立されていました、丁度今日は11日月命日
     です、お参りに来た年配の方と一緒になり、妻と孫の冥福を祈って来ました。




荒浜の前運河です、広々とした田園が遠くまで見えました


       上の日和山からの風景、サイクリング海に行く橋の方向に朝市が立って
       いました、今日のお昼を朝市無いの中華そばで頂きました


              日和山へ登る方の駐車場から揺り上げの海が見えます



                   日和山から仙台市内を写しました



       閖上港の橋を渡り松林の中にサイクリングコースが有り、子供達と一緒に
       なって自転車を乗ったことを思い出します

       お昼を食べて日和山を眺めたら大勢の方の参拝をしている方を観かけました、
       今日は月命日です、私はこうして震災地巡りをやってます


        震災で流された地区に温室が建っていました、これから農産物の
        生産工場として稼動していくことでしょう
        


         相馬方向に車を走らすと海岸の堤防作りが見られるところに来ました


                   磯浜海岸に沿って提坊が作られました







      右の方から津波が来た時を想定して堤防は作られていました、波は堤防の
      斜面を登り津波の中に戻るように作られていました



    今回初めて山元町の中浜小学校を見て来ました一階が津波で壊されていました、
    ここはこの先どの様に復興されていくのでしょうか


       この写真は常磐線の線路が走っていた鉄橋です、JR常磐線のルートは
       6号線近くの山際に作られれていました、この鉄橋はもう使われなくなって
       います。



                坂本駅前に有る山元町内の案内板です、



                 ホームの上に立ち眺めた方向は相馬・東京


       こちら側は仙台方向多くの人々が仙台の学校に通われたことでしょう


       この道路の先に6号線が有ります、今回のドライブはここまでとしました


      坂元駅のホームから正面に太平洋が見えていました。もうすぐ堤防が作られ、
           復興へ進むでしょう、ありがとうございます

2015年1月12日月曜日

NO 178 石巻市内重吉町・渡波の復興支援建物

津波による災害復興の計画がで揃い建設工事が進められてきています、東松島 矢本自衛隊前の道路・大曲浜から重吉町に架かっていた橋が津波で壊れましたが、震災直後に仮設橋が掛けられていましたが架け替え工事が進められていました。





     工業港から重吉町を通っていたら大きなイチョウの木を見かけました、その周り
     には、建物は何も無く、このイチョウの木も津波にあったのに今もこの通り元気
     に生きていました、この場所は重吉神社がの境内内に逢ったイチョウの木でした



      工業港の近く重吉町付近は解体が進み空き地が目立っている中にまだ修復
      されていない住宅や下の写真の様にまだ修復されていない建物が目立って
      います



      重吉町の橋の復興工事進められていましたまた東松島町側の堤防が修復
      されています、今年は田圃が作られ稲が育ってくれるでしょう





        渡波海岸の津波で壊された堤防の修復が終わっていました、この町は
        どの様な形に復興されるのでしょうか



                渡波国道沿いに新しい建物が目立ってきていました



       石巻市内内海橋脇に出来ていた復興マルシェが閉められました、堤防工事
       が進められることに成ったからです、市内の復興が加速されて進められる
       ことでしょう


NO 177  石巻漁港・南浜町・渡波の復興状況

   
    年末石巻漁港に行って来ました、親子亀の様に母船に小回りの利く小さい船
    を乗せた遠洋に行く漁船が係留されていました。岸壁は震災で地盤沈下して
    いましたが、嵩上げされ新しい岸壁が作られていました。これから震災前の
    様に沢山の魚が水揚げされるでしょう。また南浜町も震災のモニメント公園が
    作られようとしています。その前に地盤沈下分の嵩上げが進められようとして
    います



     石巻漁港岸壁の嵩上げは1m位上がっており、この高さに漁港内の加工場の
     土地も嵩上げされるでしょう


                  正面の建物が新しい石巻魚市場です


    漁港内のマンホールも道路の真ん中で継ぎ足されていました、もうすぐ道路も
    嵩上げかされるのでしょう、この震災で地盤沈下が有り人が住む地区は全て
    地面の嵩上げが行なわれるのでしょうか、その後は人々は戻り昔の様な
    加工場が作られるのでしょうか



     この上下の写真は南浜町で見かけたものです、この南浜町、門脇小学校前の
     土地は上の写真の高さまで地面を嵩上げしその後将来の人達への伝える公園
     が作られるそうです、



      石巻市湊地区・日和大橋の近くに有る震災で壊れた家もまだ有りました、
      震災復興計画が出来上がりそれに向かって工事が進んでいるので何時
      壊されるのかな



        渡波地区の復興住宅が出来上がってきていました、田圃だったところを
        埋め立て新しい団地が出来ていました



    津波が来た道路の反対側の田圃が新しい団地に生まれ変わろうとしていました