2014年6月16日月曜日

NO 169 天気が良いので女川・渡波・蛤浜の復興を見て来ました

     渡波から少し鮎川方面に行ったところに蛤浜と呼ばれた漁村が有り、
     その奥の防波堤に震災前良く釣りに行っていましたが、震災後始めて
     来て見ました、新聞に残った自宅で喫茶店を開いている話と最近近く
     にキャンプ場を作っている話があったからです。またこれまで渡波の
     写真を紹介して来ましたが漁港のその後復興及び女川の高台移転
     工事を見たくてやって来ました。
     何時も女川に来て高台の病院から眺めて帰っていましたが、女川の
     復興祭を見に来て依頼女川の町の復興 高台への街づくり海岸土地
     の嵩上げが目の辺りに見られるのでこれから注目していきたいと
     思っています


       蛤浜の入り口にあるバス停です、この前が蛤浜で、この道を行くと
       小竹浜を通り渡波の町に行く狭い海岸道路です。


      高台の家が残り喫茶店とボランティアクループの宿泊所が有りました、
      下の写真は空地になっていますが、家が寄り添って建っていたのを思い
      出します、震災前はこの静かな海が好きで日曜日になるとこの道を通り
      奥の浜に良く釣りに通いました。



     二枚目の写真の方向指示のキャンプ場の方向へ200m位行った杉林の
     中に、木のチップを蒔いたキャンプ場広場がありました、キャンプ場
     は出来ておらずボランティアの方が沢山手伝いに来ていて、ウッドデッキ
     を作っていました



      渡波の万石浦へ行く海岸です、震災で地盤沈下しましたがこちら側は
      全然復興されていない様です、下の写真の山際の岸壁及び奥のカキ
      剥き場所と水揚げされる岸壁は修復されていました


           女川の復興風景


      女川の魚市場が出来上がっていました、震災前と同じ場所に作られて
      います、震災前は魚の加工場が廻りに沢山有りましたがまだ建設されて
      いませんでした。



      水産加工場が作られる土地に最初の加工場が作られていました。
      「リアスの詩」と言うサンマ・アナゴ・鮭の昆布巻きを作っているマルキチ
      阿部商店だそうです、私が40年前始めて来たときこの前の海に沿岸で
      捕まえた鯨の解体工場が左側に有ったのを思い出します。その場所に
      今復興支援で作られた冷凍庫が立っていました、女川の水産加工場の
      建設はこれから進められることでしょう。


    女川魚市場や建設中の岸壁の写真を撮る場所を探していたらマルキチ
    阿部商店さんの前に神社が有りました、良く見るとここまで津波は来て
    無い様に見受けられました。


    神社の境内に女川の中学生が主体となって幾つも後世に津波の怖さを
    伝えるために作られた「女川いのちの石碑」が有りました、石碑の向こう
    に女川湾が見えていました、



     病院のある高台から眺めた今の女川の島へ行く定期船の岸壁と町の
     復興状況です、下の写真は女川の魚市場方向です


             女川町高台移転の為の造成



     写真左側に見えるのが女川運動公園があった場所で今は市役所、復興
     住宅などが建っています、右側の建物は女川中学校です、女川の町の
     西側になります。


              女川の町の北西方向です、


       ここに新しい女川の町が出来ます正面にJR女川駅が近くに温泉が
       そして海岸まで続く道路が出来両脇に商店街・観光物産館が出来る
       計画だそうです。これから私のブログで復興状況を皆さんに提供して
       いきたいと思っています。


1 件のコメント:

  1. 6月22日(日)に、石巻~女川の間にあったお店で、蒸しホヤを買ったものです。
    あの後、仙台のホテルでビールと日本酒を飲みながら蒸しホヤをいただきました。
    お店で味見したときは磯臭さは感じませんでしたが、さすがに量が多いと少しホヤ独特の臭いがありますね。
    でも慣れれば、この磯臭さが美味さに変わるかな。
    また機会があれば蒸しホヤ買ってみたいです。

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