2011年7月30日土曜日

NO34 2011.07.30 今年も石巻川開きの準備ができました

      今年も震災に負けないで石巻川開きの準備が出来
      ました、飾りつけや各町内の売店は流されてしま
      いましたがボランティアさんによる飾り付けや各
      商店からの出し物で何とか準備が出来ました。飾
      りつけも質素ですが出来ました。街灯いつもより
      明るくなっています、
     明日7/31 は震災で亡くなった方の供養灯篭流し
        8/1 日中はパレード 夜は供養の花火大会


       街中にはまだまだ復興に向けて家庭内の片づけが続いていますが、
       通りには質素では有りますが飾りつけがされています。今の石巻の
       川開き、先人への供養の心は続いています。

     
  我が家の前にも竹の七夕の短冊が掲げられました質素
            ですが、なんかほのぼのします



       松川横丁に飾りつけとして全国から寄せられた風鈴が通りを吹く風に
       乗って奏でています。いろんな風鈴の音が交じり合ってとても素敵な
       音色です。明日私はここで仙台の孫たちとスイカを売ります。妻や
       亡くなった孫がとても好きだったスイカを、今日山形の尾花沢に
       スイカを仕入れに行って来ました。途中雨がひどかったですが
       明日石巻はスイカ日和となりますように。皆さんいらしてください





        川開きの前夜祭7/31に花火が上がる場所は津波で壊れ・
        地盤沈下して危ない場所になっています。明日は川岸に近
        づくのは危険ですよ。



          街中はボランティアによる飾り付けが進められ祭り気分
          が盛り上がってきます



          被災地から自衛隊によるお風呂が撤去されました。我が家は
          オール電化に改築した所でした。まだ家の中を修理していない
          のでお風呂は有りません。何とかお湯で汗を流す方法を考え
          ましたこれです。桶の真ん中の水の中に有るのがお湯沸かす
          物で、シャワーは車のバッテリーで動く物を100Vを直流12V
          に変換するアダプターで使うことにしました

2011年7月28日木曜日

NO33 2011.07.24湊の風景と片付け状況

石巻内海橋から湊方面の写真を撮ってきました。津波で殆どが
流されており建物は取り壊しして片付けられ空き地が目立って
きていますが、まだまだ住めない家が片付けられないで建って
いました。朝に行ったので人はいませんが夕方に行ったら唯
涙だけが出てきて前に進むことが出来ない町になっていました。


上の二枚の写真は続いています。
石巻市内から内海橋を渡りきったところから写真を撮りました。
建物は有りませんがコンクリートの塊が転げまわっていました。



これまでは電柱はこの写真のように地表近くでコンクリートが壊れて
中の鉄骨が見える状態で倒れているのが普通でしたが



ここで珍しい倒れた電柱を見つけました、これまで倒壊した電柱は
根元で折れ曲がっているものでしたが、ここに地表から下地面に
刺さっている部分が電柱の上部と一緒に倒れていました。きっと
隣の電柱が津波で倒れた時ケーブルによって引き抜かれたものでしょう



船が残った状態で建物が片付けられ整備されているのが見受け
られました。これをどの様に復興していけばよいのでしょうか


北上川の雨による増水対策と高潮対策の為このように北上川
に沿ってブルーの簡易防波堤が続いています



湊に有る瓦礫の山が遠くからでも見えています。

2011年7月26日火曜日

NO32 2011.07.24湊の叔母さん家に行く道筋風景

          妻と結婚して39年になります、これまで幾度と無く通った
          おばさん地への道です、妻にとっていとこと話をすることが
          唯一のストレス解消でした。妻には運転免許証を取らせま
          せんでした、土日はいつも一緒にいたいし、買い物を手伝う
          のが楽しみでした。だから私が運転してあげるから、免許証
          は要らないでしょと言って取らせませんでした、三重県にいた
          とき震災前の神戸・備前焼きの岡山・水路の有る倉敷まで
          ドライブをしてきました。しかし瀬戸大橋のたもとの山から
          眺めて戻ってきました。いつか四国をドライブしようねと言って。



おばさん地です右側に自宅があったのですが、いとこ夫婦も
津波で亡くなり下が車庫の建物だけが残りました。回りは何
にも無くて人が誰もいない街になっていました。カラスだけ
飛び交っていました。


内海橋から湊へ行く北上川沿いの道路沿いです、鉄筋の
建物だけ残り後は何も有りません。


まだ陸に上げられたままの船が有りました、クレーンで吊り上げて
海に戻したかまだ使えそうです。先に有るブルーシートで囲って有る
のは北上川沿いに高潮対策で積んである土嚢です。


湊の町中に有るお寺を見つけました、廻りは整備されて
何も無く、誰もいない町になっています。


この二三日涼しい日が続いたせいかまたはボランティアさんの
消毒が聞いているのか、ハエが少ないような気がしました、しかし
水溜りが腐敗してくさいです、でもこの辺は魚の加工場が無い
ところで、鉄工場の多いところなので魚くささが有りませんでした。
重油の匂いが有りました、火に注意が必要です。

2011年7月25日月曜日

NO31 2011.07.24石巻湊方面の瓦礫置き場

        今海岸線に沿って瓦礫が集められています、瓦礫の処分として
        海岸線に沿って防波堤の土手を作る構想が有ります。その土手
        の土台にこの瓦礫を使う方法が考えられています。


       この瓦礫置き場は日和大橋の下で旧北上川の下流に集められています、




         上下の写真は日和大橋を渡り湊に入ったところに有る運動公園内
         に集められた瓦礫です


          広い空き地であったが今では入れ切れなくなってきました

NO30 2011.07.24石巻市内 内海橋から見た風景

       いつもは石巻市内から内海橋・湊方向の写真を掲載していましたが
       久し振りに湊の整備状況を報告します。だいぶ片付けは進んできま
       したが、まだ手付かずの場所が数多く有りました。


         内海橋を渡り中瀬の北側先です、この先でこの季節はいつも
         魚釣りの人がいる場所でした。実は写真が小さくて良くわかり
         ませんが、白い台の上に鷹がいて、水面に浮いてくる魚を待ち
         構えているところです。


       内海橋の上から中瀬の漫画館を写したものです。中央の白い建物
       は石巻の歴史的建造物でここに移築したハリスト教会です、木造作
       りで津波で壁面が壊れています早く直したいものです。急な階段を
       登った二階にお祈りをする場所が有りました。


       湊 八幡町側から写した物で写真の中心に岡田座の映画館が有りました。




     上の岡田座映画館の前を行くと漫画館が有り市内中央と違いまだまだ
      片付けは進んでいません





          中瀬には教会しか無くて川向こうの電話局がよく見えます。


2011年7月23日土曜日

NO29 2011.07.22今日の石巻 

          今回は石巻市内の高潮・北上川の増水について調べてきました。
          我が家の裏に有る北上川に続いている側溝の水位を知る方法
          です。有りました国土交通省東北地方整備局北上川下流河川
          事務所のホウムページで宮城県内石巻地方の川の状況をリアル
          タイムで見ることが出来ます。日和山から眺めた北上川・日和
          大橋の石巻湾を見ることが出来ます、よくTVで見る風景です。
          その中に下の写真を見ることが出来ます、この写真は石巻市内
          住吉公園に有り北上川と内海橋・漫画館が写っています。この
          ページには現在の水位も入っています。これを見ることによって
          北上川の今の水位・状況を知ることが出来ます。国土交通省の
          ホームページには全国の今の道路状況を映しているところも
           有り冬の雪道状況を知るのに便利ですよ。


         この場所は石巻市内住吉公園脇の土手から写した写真で、
         今は満潮になるとこのように水があふれてきていますが、
         向こうの内海橋から住吉公園まで私の散歩道路・又住吉
         公園から北上川上流に向う土手の上はマラソンをする人
         サイクリングをする人の憩いの場所でも有りました。私の
         お気に入りのサイクリングコースで石巻一周をしたもの
         です。又場所に鴨がいたんですよ、自然の鴨が、人に
         懐き孫とパンを持って行ってあげると後ろを沢山の鴨が
         着いてきていたんです。私と孫とのお気に入りの
         散歩コースでも有りました。


          夕方市内の店先で日頃お世話になっているピースボートの
          皆さんを慰労している風景に合いました。石巻市内特に中央
          は彼らピースボートの皆さんのおかげでこのように綺麗になり
          ました、しかしこれから昔のようににぎやかな町にして行くの
          にどうするか、皆さん助けて!!


          正面にある建物は石巻市内に有る陶器店のビルでレンガ
          造りの古い建物で歴史を感じることの建物です。今回の
          地震にも耐えて建っています。活用できないかなぁ前に
          二階でコーヒーを頂いたことが有りました。落ち着いて
          いて良かったです。


          石巻市内はもう直ぐ始まる川開きで盛り上がっています。
          7/31夕方は津波で亡くなった方の灯篭流しが行われ
          ます。昨日商工会議所にもらいに行ってきました、その
          とき写した写真です。8/1には中瀬から上がる花火
          大会が有り、楽しみにしています。町内は提灯等は
          全て流されてしまいましたが、駐車場で楽しい何かを
          しようと計画しています。私も計画中です。


           この場所は石巻市内の真ん中で車も入れない所です、
           私の駅までの通勤経路でした。朝通勤で歩いて行くと
           カラオケをしている声が聞こえていたのが懐かしいです。


2011年7月19日火曜日

NO28 石巻 工業港付近 釜港住宅地の整備は

         今回の写真は石巻市の工業港に沿って有り、大街道との
         間に位置する住宅地です。昔から畑地が広がる大きい農家
         があった所で土地は工業港の道路より低いところでした。
         日本製紙の西側に位置しています。昭和45年頃会社の
         運動会でこの道をマラソンした事を思い出します。そのとき
         は大きい家が点在し畑地が広がって緑の多いところでした。


          道路の右側はこの道と平行して工業港の2車線の道路が
          有り左側に大街道まで続く住宅街です。
          三月十二日に大街道を水に浸りながら渡って市内の自宅
          に帰りましたが、どこからの水なのかその時は解りません
          でしたが、これで理解できました。


        上下の写真は日本製紙へ入る線路があった踏切から移しました。
        早く再開して従業員及び関連会社の人たちの仕事を作ってください。
        石巻市民は仕事を復興する賃金を稼ぎたいんです。





           津波で工業構内で働いていたと思われる重機も流されて
           きていました、凄い力です、これでわ人間なんてひとたまり
           も有りません。


         不明の人たちの捜索を兼ねての整備と思われるので広々とした
         整地された土地が有りました。下の写真を見ると言葉は有りません。
         しかし私たちはここから立ち上がらなければいけないんです。






2011年7月17日日曜日

NO27 2011.07.17 息子の上司から観音様を頂きました。仏壇が流されたのでこの観音様に妻や孫の冥福をお祈りして行こうと思っています。

                今日午前中は石巻市と住民との中央町をどの様に復旧して
        行くかについて対話が行われました。私も始めて参加してき
        ましたが話の趣旨は理解できたのですが、具体スケジュール
        がでてきません。今後の生活を支えるお店の開店をどうする
        か今もって不明です。
        午後大学の先生・生徒さんと自分が考える町についての対話
        が開かれました「中瀬の利活を更に推し進めることが中央商店
        街の繁栄に繋がる意見が多くでました。北上川との連携した街
        づくりが中央の考えかと、又中瀬公園では、木陰と広場が有る
        公園、土日はスポーツ大会などのイベントが多く開かれ参加者
        が街中に流れてくる形。又年寄りが住みやすい町、段差がない
        歩道・車が通らない通り等色々意見が出てきました。荷物の入荷
        は裏通りからも有りでは無いでしょうか。



 
        息子の上司から観音様を頂きました、趣味で彫っているものだ
        そうです。津波で仏壇を流されてしまった我が家にとって大変嬉
        しいことです。妻の写真と共に、毎日手を合わせています。 


        家の前歩道とのドアの前、妻が津波に流される直前までいた所に、
        津波になに浸った蘭を置いていたら花が一輪咲きました、他に新芽
        が出てきています、このままで良いでしょうか。どなたか教えてください。



          日和山から南浜町を眺めた風景です。いつもは朝の7時頃に
          行くので朝霧が出ていて霞んでいましたが今日は遠くまで良く
          見えています。海岸近くに流された車の山済みや波の白が見
          えています。


         道路に満潮時北上川から水があふれている状態です。今日の
         満潮は17時46分で53Cmです。朝方の満潮時は70Cmで
         した。この地盤沈下による浸水対策をどの様にするか問題です。


          夕方の日和山はボランティアの人たちで一杯です。眼下には
          今回の津波で流されその後火事で燃え広がり石巻で最も悲惨
          な場所が広がっている南浜町 が見えます。テレビで見ていて
          も眼下の風景は違います。何か復興に手を貸そうと思います。
          彼らに今回の南浜町の津波を説明する語り部が欲しいと思い
          ました。

         
           我が家の裏の側溝です、北上川に繋がっています今日は
           53Cmです。満潮で一番は90Cm位です、それまでに少し
           ブロックでかさ上げしなくては。

NO26 山形月山へ 妻への供養登山に行ってきました

         今日山形県の月山へ、妻の供養の為登山をして山頂神社で
         供養のお払いをしてきました。妻のいる天国にいくらかでも近
         い場所に行ってきましたが。朝は霧がかかって山頂が見えま
         せんでした。まるで今の自分の心、霧がかかって何も先が見
         えませんそんな事を一人り言を行って、登って行く程に晴れて
         きました。これから本当に私の心も今日の天気の様に晴れて
         いくことが有るのかなぁ等と考えて登ってきました。山頂では
         羽黒山の山伏の方が丁重に供養して下さいました。また山頂
         の神社の中に今回の震災の供養の為の墓標が有りました。
         山頂まであの柱を上げるのは大変だったでしょう。
         ありがとうございます。


               月山山頂付近からの展望を御覧ください



           山頂の神社の裏で尺八 を吹いている人がいました、音色
           が山に響き山頂での休息で疲れがどこかに風と共に飛ん
           で行ってしまいました。


              ここまでは向こうの山の稜線を登ってきました


          月山と言えば夏スキーで有名です、いました子供たちも
          回転の練習をしていました



              右側の山が月山で左は姥ヶ岳です


             月山の山頂の神社が青空にくっきりと移りました、
             雲が直ぐに流れてきます


            朝の風景で霧の中でニッコウキスゲが迎えてくれました


                姥ヶ岳から月山に行く途中の稜線です




               下山の時の月山から姥ヶ岳を望む