2011年11月27日日曜日

NO83 今日は大潮北上川の表情・もう直ぐ開店できます


      石巻等三陸地方は地盤沈下の為大潮の時には北上川の水が街中に
      逆流してきます。元々石巻市内には運河があり、昔は伝馬船が荷物を
      倉庫へ運んで行き来していたそうです。妻の話では、我が家の裏に今
      は60Cm位の川がありますが、昔は船が行き来していたそうです。
      だから地盤沈下のため北上川につながっている川には、大潮の時
      には水が上がってくるのは当然です。今日大潮のときに北上川脇
      の道路を散歩してきたところ、道路の端から水がしみ出して来て
      いました。低い空き地は直ぐに水浸しになって行きました。



         大潮の為北上川脇の散歩道路にも水が上がってきていました


    内海橋から上流側にも中瀬か有り震災前には家と駐車場が有ったのですが
     大潮ですっかり水の中に入っていて地面が見えなくなっていました。


     本当はこの空き地は乾いていたのですが、大潮の為北上川から水がしみ
     出してきて水溜りが広がってきました、この空き地の脇にポンプが設置して
     有りますが市内の地下を流れる川の水を北上川に掻い出す為のポンプの
     為、しみ出してきた水を掻き出すには時間が掛かります。



      石巻市中央町の地下を流れる川の水をかき出すポンプです、このポンプ
      によって我が家の裏の川の水があふれることが無くなりました。



     前に紹介した酒屋さんがもう直ぐ開店出来そうです、ボランティアさんによる
     お店の修理がもう過ぎ終わりそうです。カウンターの前に絵が描かれており
     お店も明るい色で塗られました。

   
       酒屋のおばあさんとお店を修理してくれたボランティアの皆さんです、
       ボランティアの方々それぞれの力の結集がこのように明るいお店を
       作ってくれました。

2011年11月25日金曜日

NO82 石巻中央商店街の祭り・我が家の庭の山茶花

      我が家の庭の山茶花が咲きました。津波の海水に浸かってしまい枯れ
      しまうかと思っていましたが昨年と同じように咲きました。植物のたくましさ
      にびっくりします。町内の商店街では静岡県伊東市や栃木県那須・福岡県
      行橋市の商店街の皆さんの応援を受けて石巻中央商店街まつりが行われ。
      イベントで100mのジャンボのり巻き作りが行われました。また応援の各市の
      方々がポン菓子や干物・みかんを頂きました。また生協があった建物の中で
      商店街の商品販売が行われました。


      今年も綺麗な山茶花の花が咲きました。毎年寒くなると庭に花が咲き小鳥の
      隠れ家になっています。


    町内の毛糸屋さんで津波に流されなかった毛糸を使って、市内の主婦の方々の
    製作による手編みのマフラーの販売が行われています。手作りの一品物である
    ため好評を得ています。


 
     今年も100mのジャンボのり巻きが出来上がりました。この後皆で切って貰い
     美味しく頂きました。今年のチラシに昨年ジャンボのり巻きを孫たちと一緒に
     なって作っている写真が載っていて嬉しかったです。


     今日は日ごろに無い位、大勢の市民の方々が市内に集まってくれて、昔の
     石巻市内の賑わいを思い出させてくれました。いつも市民が楽しそうに買い物
     をしている町を造りたいと思っています。


     魚の干物などが飛ぶように売れていました。石巻市民は魚で育ったので
     肉より魚を食べたいのです。


       応援の福岡県の行橋市の方々によるポン菓子作りが、店先で行われて
       お客様を集めてくれました。

2011年11月19日土曜日

NO81 初冬の日和山から朝の風景

     今週は山の方に初冠雪今日の石巻は朝から曇りです。久しぶりに日和山に
     登ってきました。山の木々は紅葉も終わり葉が落ちてこれまで木々の間から
     しか見えなかった南浜町・門脇地区が良く見えてきていました。すっかり瓦礫は
     かたずけられており空き地が広がっています。

        家を三日程空けていたら近くの家はこのようにすっかり壊されていました。
        また一つ市内に空き地が増えてきました。


      日和山から湊方向の写真です、漁港は道路や市場の道路や空き地は
     すっかり嵩上げされて市場も新しく作られていて船が沢山係留されていました。


       湊町並みの風景です、街中で見ると壊れたままの家が沢山ありました、
       もっともっと空き地が増えてくることでしょう。

     川面に写って風景は石巻では珍しいと思います、石巻では風か無くなることは
     あまり無いのですが、珍しく無風の石巻です。

            写真上のほうに写っているのは津波に呑まれた車です、
            私の車もあそこにあるのかな。

        遠くに見えているのが石巻市の瓦礫置き場です。広大な埋立地は瓦礫の
        山で一杯になっていました。

2011年11月16日水曜日

NO80 我が家の修理が始まりました

        いよいよ我が家の修理が始まりました、避難所の閉鎖も今月行われ、
        家の修理を急いで進められてきています。今日は仙台市内の山に
        初冠雪・関山峠にも雪が降りました。しかし大工さんの数が足りません
        一人で何箇所も掛け持ちでやっているようで中々完成までに時間が
        掛かっています。そこで私は実家の有る山形から従兄弟の知り合いの
        大工さんに来てもらうことにしました。通えないので我が家の二階に
        住んで修理をお願いすることにしました。一ヶ月位で完成する予定です。
        宮城県内の大工さんだけでは手が足りないはずですので、よその県
        から応援の大工さんを入れて早く温かい部屋を作ってください。沢山
        やれば収入が増えるのは分かりますがもう直ぐ寒い冬がやってきます、
        良くお客様は誰といわれますが、被災に会った皆のために一日でも
        早く修理を完了させたいものです。

     
       今日は修理初日壁や床を取り除く作業から始まりました。茶の間・台所の
       床下はボランティアの人たちにお願いして夏前にヘドロの取り除きは完了し
       これまで乾燥してきました。でもヘドロホコリガ舞い上がってきます。マスクを
       放せません。

      仏壇の下の箪笥をやっと引き出すことが出来ました。床と張り付いている為に
      引き出せなくなっていました。中身はすっかり水に使って使い物にはならなく
      なっていました。

               打合せをしながら効率よく作業を進めていきます。


         夕方には茶の間・台所の壁や床の解体が終えることが出来ました。



       写真に写っている白いボール状の球はEMと言うバクティリアが入っている
       土団子です。土も何万年も前の粘土状の土にバクティリアを入れで球状に
        して乾燥させたもので、石みたいに硬くなっています、そうすることによって
       バクティリアの入っている土が徐々に溶け出し長持ちをさせるのだそうです。
       本来は川や堀等の浄化に利用しているのだそうです。床下に入れるは始め
       てだそうです。夏休み前にEM菌の水溶性を頂石巻市内床下などに散布し
       ました。そのときの説明はEM菌がヘドロの中の臭みなどの雑菌を食って
       臭わなくなると言うことでした。
       今回私の家には床下には団子状のEM菌・壁には塗り壁に混ぜて浄化
       しようとしています。多分全国で始めての試みかと思います。これと言う
       のも今回修理してくれる工務店の社長は、山形県のNPO環境U-ネット
       やまがたの副理事長をやっている方で、震災後度々石巻に来てEM菌
       を撒布してくれていたのだそうです。出来上がりがとても楽しみです。



NO79   石巻市の瓦礫置き処理場





    我が家の修理が始まり、壁や床材などを石巻市の瓦礫置き場に捨てに行って
    きました。震災前には私の釣り場の一つでしたが今は広大な埋立地に石巻中
    の瓦礫が運ばれてきています。瓦礫と言う言葉を使いたくないのですが、何と
    表現すれば良いのか判りません。各家族にとってはこれまで家族と一緒に過ご
    した愛着のあるものですから。

     瓦礫置き場は、柱などの木造置き場。畳を捨てるところ。石膏ボードを捨てる
     ところ。ヘドロ等の土を捨てるところと区分けされていました。そしてそれぞれ
     には監視人がいて広い埋立地の中に整然と捨てられていました。

                 ここは冷蔵庫等の電化製品置き場です。

          ここはたたみ置き場で広大な場所に山のようになっていました。

          リサイクルできない土などの山です。ショベルカーが高い山を
          作っていました。


       木材をつかんだアームの先に目玉が付いていて作業にあっている様です。

       左側に有る黄色い円筒形の中に木材を入れると細かく砕かれた木片が
       飛び出してきます、この後パルプ工場に運ばれて紙になるらしいです。

2011年11月13日日曜日

NO78  石巻市内の空き地と長野から白菜が届きました

       長野県上田市の伊藤農園さんから白菜が届きまして た、各家庭に一箱
       白菜6個月曜日から我が家を修理に来てくれる大工さんたちと夜
       鍋物でもしましょうか。仲間の輪を作るのには鍋物が一番ですね。
       きっと頂いた白菜で各家庭でも鍋物かな? 他に白菜の切り漬を作りました。
       我ながら結構美味しく作れました。
       我が家の周りを見て歩くと津波で壊された家々の解体作業が進められて
       きて空き地が増えてきています。


       見てください大型トラックに一杯石巻に届きました。ありがとうございます。
       私を始め石巻市民皆で感謝します。この時期白菜が一番です。今日は
       どんな鍋物でもしましょうか、温かい団欒が浮かんできます。


     
        とても重くて一人では運べません、でも家族のため笑顔が出てきます、 
        ありがとうございます。


       津波で壊された庭に柿が今年も生りました。この後3日後に行って見たら
       柿木は消えていました。今わ綺麗な空き地に生まれ変わっていました。
       せっかく生き残ったのに使用目的が無いのなら残してくれたって良いのに
       何も生きているものまで倒さなくても良いのに。無念です



       我が家の裏も綺麗な空き地が出来てきました、妻が良く話してくれました、
       この空き地に、昔倉庫が有ってその周りでかくれんぼ等をして遊んだんだ
       そうです。まだ缶けりなどが出来る広い空き地が出来ました。


NO77  震災から8ヵ月後の女川・雄勝・大川・北上町

       震災から八ヶ月が過ぎて、久しぶりに女川町に行ってきました。女川には
       8月末に行ってきましたが町の風景は八月とはあまり変わっていません、
       変わりようがありません町は空き地があるだけで、船着場は地盤沈下で
       水が上がって来ています。道路だけが、かさ上げされています。運動場
       などの高台に有る空き地には、仮設住宅が建っていて、少し落ち着いて
       きたような感じを受けてきました。でも落ち着いて来た時に来るのはこれまで
       に無いほどの自分自身に対する落ち込みのような気がします、唯忙しく
       動き回っているうちはまだ元気です。これからが皆さんの温かい傾聴が
       必要になってきます。唯聞いてくれればよいのです。これまでは災害に
       対する恐れや逃避を続けてきました。しかし震災から8ヵ月がたち、
       自分自身を振り替える時間や季節と成ってきて、自分自身を責めたり
       どうしてなのかなと考えてしまったりとうつにはいって行くような気がします。
       どうぞ皆さん被災地に来てただ話を聞いてください。石巻にお茶飲みに
       来てください。お願いします。


     石巻から女川に入る高台からの風景です。地震の後津波が来るから高台に逃げ
     なさいとよく言いますが、高台とはどの位を言うのですか。この場所から眺めると
     高台の概念を考てしまいます。


    今写真は女川から出島・江ノ島行きの定期船の桟橋です。この時間は15時33分
    大潮に成る前の状況です・地震による地盤沈下によって海岸通りには海水が
    入ってきています。


     この風景の写真を見た方はたくさんいらっしゃると思います。この場所は雄勝町
     に今もあります。入り江の町雄勝の津波は木造の建物はすべて流してしまい
     バスも鉄筋作りの建物の上に押し流してしまっています


      雄勝町の伝統産業は習字に使う硯の製作です、硯作りに適した石を産出して
      います。硯の他に東京駅の屋根のスレートまたビリヤードのテーブル等に使わ
      れているそうです。


       大勢の子供たちが流された大川小学校前です。夕方に行ったのですが、
       大勢の方がまだお参りに来ていました。

       
        最近寄贈された石像です、じーと見ていると母のぬくもりと子供の
        安らぎが伝わって来ます。


     大川の入り口の所に信号がつきました、左に行くと雄勝へ、右に行くと津波で
     流された橋を渡り北上町へ、堤防の上を真っ直ぐ行くと河北町・石巻へ行く
     道路が続いていきます。

    上の写真の右の方へ行って橋をわたり終えたら正面の風景、夕日の風景がとても
    綺麗でしたので一枚、ここにも津波が入り夏には自衛隊の方が捜索をしていまし
    た。またポンプで入った水をかい出していました。

2011年11月6日日曜日

NO76 11月の石巻の風景


     今日11月5日チベット法王ダライラマ十四世の講話を聞いてきました。地球に
     住む人類は皆兄弟と言っていました、3月11日以降私たちは色々な方々から
     色々な形で支援を受けてきました。これらの恩をどのような形で返していけば
     よいのか、そのまえに早く元の生活に近い環境を作ることが大事かな、そして
     これからの人生をかけて返して行きたいと思います。


     講話を聴いて彼の優しい人柄に触れた気がしました。また彼の周りに集まった
     人々が明るくなって行くのが解かりました。今私たちは彼のように私たちを優しく
     包んでくれて、話を聞いてくれる人を求めているのかもしれません。


    講話のあったお寺です、石巻市内でもっとも被害の大きい門脇地区にあります
    墓石はすべて流されてどれが自分の家のお墓か解かりません。


     中瀬に立って石巻市内の復興状況をずーと眺めてくれている自由の女神は
     今日も頑張って見ています。寒くなる前までに早くもとの生活に戻りたいです。


     だいぶ片付いてきたのですが北上川沿いには船がまだ横たわっています、
     このまま記念に残しておきましょうか。市内が綺麗に片付いてくると何で
     こんなに空き地が多い街なのか解からなくなりそう、忘れ去られそうです。
     何か残さないと皆忘れそうです、  忘れてほしくないです。


     ここに写っている屋形船で漫画館から海の近くまで、遊覧船を走らせれば
     良いのにと思ったことが有りました

        門脇一丁目に有る大きな家です、一階部分がすっかり津波で流されて
        しまっています。立派な家なのに取り壊されてしまうのでしょうね。


    この家は石巻市内町の中に有る家で修理することが無く取り壊されるのでしょうね